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「…係長。今日、定時後にちょっといいすか」
昼休みの給湯室。
いつもならスマホを片手に
「タイパ最強のランチ」を済ませているはずの令和くんが、
どこか歯切れの悪い声で私に話しかけてきた。
「ん? どうしたんだい?
また『社外研修(新しいパチ屋)』の開拓?」
冗談めかして笑ってみせたが、彼の表情は思いのほか硬い。
「いや…まあ、そんな感じなんですけど。
ちょっと『数値化できないバグ』が発生してまして…
あ、仕事ではなくプライベートの方で…」
彼がそこまで言うのは珍しかった。
そして18時過ぎ。
私たちはいつものように、ホール裏の喫煙室に向かった。
「…で? その『数値化できないバグ』っていうのはなんなの?」
缶コーヒーを一口飲んで尋ねると、令和くんは視線を落とし、
少し気まずそうに切り出した。
「…他部署の同期の女の子なんですけど。
今度ふたりで飲みに行かないかって誘われたんすよ」
「……えっ?」
思わず手に持っていた缶コーヒーを取り落としそうになった。
まさか、あのドライでスマートな令和の若者から、よりによって『恋愛相談』をされる日が来ようとは。
会社での絶望的な距離感から、パチンコを通じて少しずつ歩み寄ってきた手応えはあった。
だが、まさかここまでプライベートな心の内に踏み込んできてくれるとは思いもしなかったのだ。
胸の奥がじんと熱くなり、万年係長のオヤジ心が躍り出す。
「そ、そうか! 令和くん、ついに私を信頼して恋愛の相談まで……!」
「あ、いや! 勘違いしないでくださいっすよ!」
私が感極まりかけた瞬間、令和くんは慌てて手を横に振り、顔を少し赤くしながら早口で捲し立てた。
「別に係長に恋愛相談したくて話したわけじゃないすからね!?
ただ……ほら、昭和の人間関係に揉まれてきた係長なら、
こういう『めんどくさい女子の心理』に関する情報持ってるかなって。
事前に傾向と対策をヒアリングしてリスクを回避する方が、
圧倒的にタイパが良いかなって思っただけなんで!」
…あ、あからさまな照れ隠しだ。
素直に「不安なんです」と言えない彼なりの強がりと理論武装が、なんとも微笑ましい。
「はいはい、情報収集ね(笑)。
で、その彼女がどうしたんだい?」
「…その、彼女、社内でも噂になるくらい顔が広くて、
男友達も多いタイプなんすよね。
僕みたいなタイパ重視の人間が付き合っても、振り回されて傷つくだけじゃないかと思って。
コスパ悪そうだし、断った方が無難かなって…」
情報収集だのタイパだのと強がりながらも、
目の前の令和くんは感情の波を前に完全に腰が引けている。
失敗して損をするのが怖くて、打つ前に撤退しようとしているのだ。
「なるほどな…」
私はふっと息を吐き出し、彼の肩をポンと叩いた。
「よし、令和くん。
今日の『情報収集(研修)』の場はあそこだ」
指さした先は、前回も座った『Pスーパー海物語IN沖縄6』のシマだった。
「え…また沖海6っすか? 今日はスロットの気分だったんすけど…」
首をかしげる令和くんを横目に、一万円札を貸玉機に吸い込ませる。
「まあ座りなさい。パチンコも恋愛も、
本質は全部『海』に詰まってるんだから」
ゆったりとしたBGMの中、ふたり並んで打ち始める。
「いいかい、令和くん。君の今の悩みは、
パチンコで言えば『魚群待ち』の状態なんだよ」
「魚群待ち…ですか?」
「そうだ。失敗したくない、損したくないからって、確定演出(100%の安心)が出るまで動かないつもりだろう?
でもな、人生にも海にも、100%なんて確定演出は滅多に訪れないんだ」
チラリと令和くんの画面を見ると、マリンちゃんがゆらゆらと泳いでいる。
「例えばさ、ノーマルリーチで『あー、泡か。どうせハズレだな』って諦めてハンドルから手を離すかい?」
「いや、そりゃたまに泡でも走って当たることありますから、最後まで見ますけど…」
「そうだろう! 泡予告だって、たまには走って大当りにつながる。
最初から『コスパが悪い』『振り回されそう』って勝手に決めつけて引いちゃうのは、
激熱の変動を自分からキャンセルボタンで飛ばしてるようなもんだよ」
令和くんの手が、ピタリと止まる。
「打たなきゃ、当たるかどうかも分からない。当たった後に確変に入るか、単発で終わるかも、打ってみなきゃ分からないんだ。
傷つくのを恐れて投資をゼロに抑えるのは賢いかもしれないが…それじゃあ、大当たりの歓喜も絶対に味わえないんだぞ」
「……」
令和くんは無言で画面を見つめている。
その時だった。
「あっ、魚群!」
画面を横切る色鮮やかな魚群の群れ。
数秒後、見事にハイビスカスがピカピカっと光り、大当りを射止めた。
「ほら見ろ! 勇気を出して打ち続ければ、こうして魚群が応えてくれる!」
私はドヤ顔で令和くんを振り返った。
令和くんは呆れたようにクスッと笑い、それから深く息を吐き出した。
「でも、僕はタイパ重視なんで、
カスタムで魚群100%の一発告知のほうがいいんですよ!」
そう言いながらも、彼の表情からは先ほどまでの重苦しさが消えていた。
「でも…まあ、そうっすね。打つ前から『ハズレ台』って決めつけて逃げるのは、
僕のポリシーにも反するかもしれないっす」
令和くんはそう言うと、力強くハンドルを握り直した。
【本日の収支】
投資:6,000円(二人分)
回収:約14,000円
収支:+8,000円
稼働自体はわずか1時間足らず。
大勝ちとはいかなかったが、二人分のプラスを回収して私たちは早々にホールを後にした。
「係長、今日はありがとうございました」
駅の改札前で、令和くんが頭を下げる。
「お礼なんていいよ。それで、どうするんだい?」
尋ねると、彼はポケットからスマホを取り出し、画面を操作しながらニヤリと笑った。
「今、OKのライン送りました。
『今週末、美味しい店知ってるから行こう』って」
「おお! 早いねぇ!」
「タイパ重視なんで。行くって決めたら、期待値追うだけなんでサクッと攻めます」
そう語る彼の目は、カネキ君が覚醒した時と同じくらい爛々と輝いていた。
「よし、結果報告を楽しみにしているよ。
フラれたらまた沖海でやけ酒ならぬ『やけ打ち』に付き合うからな」
「勘弁してくださいよ(笑)。
じゃ、お疲れ様でした!」
軽やかな足取りで改札を抜けていく令和くんの背中を見送りながら、
私は自分のネクタイをゆっくりと緩めた。
昭和のオヤジのお節介も、たまには悪くない
…のかな?
「さて……俺も家に帰って、妻の好きなスイーツでも買って帰るか」
手に持った勝負の余韻(余り玉のお菓子)をポケットの中で小さく握り直し、
令和くんの成功を願いながら帰路へとついた。
(終)
