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チューリップ係長第一話はコチラ

 

 

 

 


「おはよう、令和くん。…あ、前回の資料、ありがとうね。助かったよ

 

 

 

 

 


私は出社早々、デスクでスマホをいじっている彼に、極めてマイルドに声をかけた。

 

 

 

 


前回の誓い通り、「モチベーションの上げ方」を優しく聞き出すためのアプローチだ。

 

 

 

 

 


「あ、オツカレサマデス。


あの後、夜の23時くらいにモチベ急上昇したんで、パパッとAIに叩き込んどきました。


クオリティ、ヤバくないすか?

 

 

 

 

 


令和くんは爽やかに画面を指さす。


確かに、提出された資料は完璧だった。


完璧すぎて、私がこれまで何時間もかけてExcelと格闘していた時間は何だったのかと、乾いた笑いが出てくる。

 

 

 

 

 


「…そ、そうだね。凄いね。


ちなみに令和くんって、どういう時にモチベーションが上がるの?

 

 

 

 

 


思い切って聞いてみた。


すると彼は、待ってましたとばかりに目を輝かせた。

 

 

 

 

 


「あ、僕、『期待値』が見えた時だけ動くタイプなんすよ!


コスパとタイパ、要するに


『これをやったら、これだけ自分に返ってくる』っていう計算が立たないと、脳のスイッチが入んないんすよね。


無駄な努力って一番の悪じゃないすか

 

 

 

 

 


キタイチ。

 

 

 

 

 

パチンコ業界の専門用語かと思いきや、令和の若者の行動原理もそれだった。

 

 

 

 

 

滅私奉公、泥臭さ、気合。そんな昭和のワードは彼の辞書には1ページも存在しない。

 

 

 

 

 


「なるほどね…期待値、か…」

 

胸の奥がチクりと痛む。

 

 

 

 


私の20数年は、期待値の計算すら放棄した「思考停止の突っ込み」だったのだろうか。


上司からの無理難題に「はい!」と二つ返事で従うだけのロボットだったのだろうか。

 

 

 

 

 


気がつけば、定時の18時。


胃の痛みは以前より軽い。


だが、令和くんの「期待値論」が頭から離れず、私の足は自然と、またあのネオンの海へと向かっていた。

 

 

 

 

 


「期待値、期待値か…」

 

 

 

 

 


呟きながら私が座ったのは、スマスロ北斗の拳である。

 

 

 

 

 

かつて平成の初期、日本中を熱狂させた「初代北斗」の遺伝子を受け継ぐ名機。


当時の私は、仕事帰りに先輩に連れられて、灰皿が煙るホールで一喜一憂していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


財布から一万円札を吸い込ませる。


今のパチスロはメダルが出ない。


データランプと画面の数字だけが冷徹に連動する「スマスロ」の時代だ。


ここにも時代の波(令和の効率化)が押し寄せている。

 

 

 

 

 


投資6,000円。










中段チェリーが降臨した。








「ほら見ろ、期待値25%の壁をブチ破る瞬間だ!








ボスキャラのウイグルを撃破し、見事に「バトルボーナス」を獲得。

 

 

 

 

 

画面に現れたのは、かつてと変わらぬ雄姿のケンシロウ。


そして、私と同じく中間管理職の悲哀(?)を背負い、組織(世紀末)の理不尽と戦い続ける男。

 

 

 

 

 


「オーラは…青色。まあ、悪くない

 

 

 

 

 


トントンとリズムよくリールを止める。










令和だの何だのと言ってはいるが、








結局は面白ければ何も問題はないのかもしれない。




実際、このスマスロ北斗。

 

平成のまま、そのままの感じで世に出していたら

 

それはそれでここまでウケなかったのではないか?








 

新しいモノとして、無想転生チャンスや無想転生を取り入れたからこそ、ここまでのマシンになったのではないか。

 

 

 

 

1セット目、2セット目と順調に継続していく。





ケンシロウが倒れても、リンが










「ケーン!」と叫んで立ち上がる。

 

 

 

上司からの圧力。

 

令和部下からの圧力。

 

 

 

 

 

 


俺はどこに向かおうとしているのか。

 

 

 

 

 

 


完全にケンシロウと自分を同化させていた。










6セット目。宿敵ラオウの放った技は…








「…あっ」








ケンシロウは、受け身も取れずに文字通り粉砕された。


ボタンを連打するが、リンの声は聞こえない。










獲得枚数は約500枚。


投資を引けばプラスだが、あまりにも物足りない。脳汁が足りない。

 

 

 

 

 

 


令和くんの言う「コスパの良い生き方」とは、


まさにこの500枚のような、手堅くしかし爆発力のない現実そのもののように思えて、


私は釈然としないまま席を立った。

 

 

 

 

 

 


時刻は20時30分。


まだ帰るには早い。私はふらふらと、前回大勝ちした『e東京喰種』のシマへ様子を見に行った。

 

 

 

 


完全に「沼」に片足を突っ込んでいる自覚はあった。


お目当ての台が空いているか確認しようとした、その時。

 

 

 

 

カド台の東京喰種で、凄まじい勢いでハンドルを右に捻り、

微動だにせず画面を凝視している男の背中が目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 


首筋には、スマートウォッチ。


仕立ての良い、だが少し着崩した今風のスーツ。


そして、台が激しい音を立てて大当たりを祝福しているにもかかわらず、一切表情を崩さない冷徹な横顔。

 

 

 

 

 


「…え?」

 

 

 

 

 


私は我が目を疑った。


そこにいたのは、

「タイパ重視」

「無駄な努力は悪」と豪語し、

定時で爽やかに帰宅したはずの、

 

 

 

 

 


新入社員の「令和くん」だった。

 

 

 

 

 


彼の目の前のデータランプは、すでに11連チャン、表示は30,000発を超えている。


前回、私が「猛者の証」として誇っていた16,000発を、彼は初々しい顔で倍近く上回っていた。

 

 

 

 

 


「間違っているのは僕じゃない、


間違っているのはこの世界だ――!

 

 

 

 

 


カネキの叫び声が響く中、令和くんは画面に向かって、ボソッと呟いたような気がした。

 

 

 

 











 


「…これ。この脳汁の出方、


完全に期待値超えてるわ。


タイパ最強すぎ

 











 

 

 

 


私は、彼の視界に入らないようにそっとホールの外へ出た。


夜風が、前回よりも少し冷たく感じられた。

 

 

 

 

 

 


(あいつ…モチベーション、ここで爆上げしてたのかよ…)

 

 

 

 

 


なぜか奇妙な親近感と、込み上げる笑いを止められなかった。

 

 

 

 

 

 


「なぁんだ。

令和だのタイパだの言ってたって、結局、

俺たちは同じ穴の狢(むじな)じゃないか

 

 

 

 

 

 


会社での仮面を脱ぎ捨て、


むき出しの欲望と脳汁の海に溺れる姿は、


昭和のオヤジも令和の若者も、何一つ変わりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

「よし。明日は令和くんに、


『良い社外研修の場所見つけたんだけど、一緒に行かない?』


って誘ってみるか」

 

 

 

 

 


景品交換所の前で、私は自分のネクタイを少し緩め、今度は本当にニヤリと笑った。


彼がどんな顔をするか、今から楽しみで仕方がなかった。








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